本研究室では、多種多様なデータをどのように信頼できる形に整え、体系的に分析し、理解可能な知識へと変換するかを研究しています。特定のデータだけを対象とするのではなく、データ工学における基礎的な課題を研究し、その成果を医療データ、文化・マルチモーダルデータをはじめとするさまざまなデータへ応用しています。現在の研究は、主に以下の4つのテーマを中心に進めています。

1. データ品質・欠損値補完

課題

実世界のデータが完全にそろっていることはほとんどありません。観測値の欠損、測定間隔のばらつき、記録の不整合、データ収集方法の違いなどは、その後の統計解析や機械学習の結果に大きな影響を与える可能性があります。そのため、単に欠損値を埋めればよいというわけではありません。補完された値が妥当であるか、また、その補完が後続の分析にどのような影響を与えるかまで考える必要があります。

アプローチ

本研究室では、欠損データを対象として、統計的手法や機械学習などを用いた補完方法を研究しています。例えば、次のような情報を考慮します。

  • 時間的な関係
  • 変数間の相関
  • 各データや対象者の特徴
  • データソースや施設間の違い
  • 補完値に含まれる不確実性

特に関心を持っているのが、説明可能な欠損値補完です。単に値を推定するだけでなく、「どの観測値や要因が、その補完結果に影響したのか」まで説明できる方法を目指しています。

代表的な研究

電子カルテデータを対象として、複数の欠損値補完手法を比較し、指標を用いて補完精度を評価しています。さらに、時系列・縦断的な実世界データを対象として、時間的な関係を考慮しながら補完結果を説明できる手法へと研究を発展させています。

現在・今後の研究テーマ

  • 説明可能な欠損値補完
  • 時系列・縦断データを対象とした欠損値補完
  • 欠損が発生するメカニズムの分析
  • 不確実性を考慮した推定
  • 欠損値補完が後続のデータ分析に与える影響
  • 異なる施設に対する補完手法の頑健性

関連業績 :パターン発見

2. パターン発見

課題

大規模な実世界データには、繰り返し現れる構造や行動パターンが含まれています。しかし、個々のデータは長さ、発生時刻、順序、背景情報などが異なるため、意味のあるパターンを見つけることは簡単ではありません。また、頻出するパターンだけを抽出すると、重要な違いや例外が見えなくなることもあります。
さらに、医療データなどの機微なデータを分析する場合には、分析の有用性だけでなく、個人や組織に関する情報をどのように保護するかも重要な課題となります。

アプローチ

本研究室では、次のような技術を組み合わせて研究しています。

  • シーケンシャルパターンマイニング
  • インタラクティブシーケンシャルパターンマイニング
  • 類似度分析
  • Dynamic Time Warpingなどの系列比較手法
  • クラスタリング
  • 統計解析
  • プライバシー保護型データ分析

代表的なパターンを発見するだけでなく、個人、施設、時期などによる意味のある違いを明らかにすることを目指しています。また、分析者が結果を確認しながら条件を変更し、興味のあるパターンを段階的に探索する効率の良いインタラクティブシーケンシャルパターンマイニングにも取り組んでいます。
さらに、機微なデータを対象とする場合には、プライバシーを保護しながら頻出パターン、類似性、近傍関係などを分析する手法を研究し、データの有用性とプライバシー保証の両立を目指しています。

代表的な研究

複数の医療機関から収集した電子カルテデータを用いて、医療指示のシーケンスや治療パターンを分析しています。頻繁に現れる治療プロセスを抽出するとともに、それらが医療機関ごとにどの程度似ているのか、あるいは異なっているのかを定量的に分析しています。

現在・今後の研究テーマ

  • シーケンシャルパターン発見
  • 多施設データにおけるパターン比較
  • シーケンス間の類似度分析
  • データのクラスタリング
  • パターンの時間的変化
  • 複雑なシーケンスの可視化
  • マルチモーダルデータからのパターン発見
  • プライバシーを保護したパターン・類似性分析

関連業績

3. 差異の要因説明

課題

「2つのグループで異なるパターンが見つかった」という結果だけでも有用ですが、さらに重要なのは、なぜ、その違いが生じたのか?という問いです。例えば、同じようなプロセスでも、個人の特徴、観測された状態、組織の違い、周囲の状況などによって、異なる経路へ分岐することがあります。

アプローチ

パターン発見と統計モデル・機械学習モデルを組み合わせ、異なる分岐や変化に関連する要因を明らかにします。特に、分析結果を人が理解でき、元のデータと結び付けて解釈できることを重視しています。例えば、次のような手法を利用します。

  • ロジスティック回帰
  • 解釈可能な予測モデル
  • 特徴量の寄与度分析
  • グループ間の統計的比較

代表的な研究

医療データを対象として、治療シーケンスがどのように異なる経路へ分岐するかを分析し、その分岐が患者の状態、検査値、医療機関の特徴などとどのように関連しているかを調べています。これにより、単に「異なる治療パターンが存在する」と示すだけではなく、その違いに関連する要因を説明することを目指しています。

現在・今後の研究テーマ

  • 患者レベル・施設レベルの要因分析
  • 差異に関する統計モデリング
  • 説明可能AI
  • パターン発見と因果分析の関係
  • マルチモーダルな行動パターンの要因説明

関連業績

4. 信頼できるデータ管理

課題

現在では、データが複数のシステムや組織にまたがって保存・交換されることが一般的になっています。このような環境では、データが不正に変更されていないことを確認できることが重要です。また、互いに独立した複数の組織でデータを共有する場合には、従来の中央集約型の仕組みだけでは十分でないこともあります。

アプローチ

本研究室では、次のような性質を維持するためのデータ管理技術を研究しています。

  • データ完全性
  • データ来歴
  • 追跡可能性
  • 改ざん検知
  • 分散環境におけるデータ検証

特に、ブロックチェーンを利用したデータ改ざん検知や、複数組織間で信頼できるデータを管理するための仕組みを研究しています。

代表的な研究

分散アプリケーションにおいてデータ完全性を維持するためのブロックチェーン技術を研究してきました。具体的には、データの改ざんを効率的に検知する手法や、改ざんされたデータを復元するための方法、分散データの不整合を低いコストで検出するためのデータ構造・検証方式などに取り組んでいます。

現在・今後の研究テーマ

  • データ完全性の検証
  • ブロックチェーンを用いたデータ管理
  • 改ざん検知・データ復元
  • 効率的な完全性検証用データ構造
  • データ来歴
  • 分散データ管理
  • データ処理の追跡可能性

関連業績

新たな研究方向

Evidence-Aware AI ― 根拠を追跡できるAI

AIが回答を生成するだけでなく、その回答を支える根拠を検索・検証し、元のデータまで追跡できる仕組みについて研究を進めています。現在は、推論しながら必要な情報を検索する技術、構造化データと外部知識の統合、根拠の検証、データ来歴管理などに関心を持っています。

キーワード: 推論型RAG・根拠検索・根拠検証・データ来歴・追跡可能性・信頼できるAI

応用分野

同じデータ工学の課題は、さまざまな分野のデータに現れます。そのため本研究室では、研究する手法・技術と、それらを適用するデータや応用分野を分けて考えています。

医療データ

医療データは、複雑で多様な実世界データを研究する上で重要な対象の一つです。電子カルテには、検査、投薬、処置などが時間的なシーケンスとして記録されており、医療機関や患者によって異なる治療プロセスが現れます。

例えば、次のような研究課題があります。

  • 複数の医療機関に共通する治療パターンは何か
  • 医療機関によって治療プロセスはどの程度異なるのか
  • 異なる治療経路に分岐する要因は何か
  • 欠損している臨床データをどのように補完するか
  • 発見されたパターンを、それを支える根拠と結び付けられるか

医療データは本研究室の主要な応用分野の一つですが、研究対象を医療だけに限定しているわけではありません。

文化・マルチモーダルデータ

文化情報やマルチモーダルデータを対象とした研究テーマも展開しています。研究対象としては、例えば次のようなデータがあります。
テキスト・画像・音楽・音声・映画・映像・ダンス・舞台芸術・人の動作
これらのデータを対象として、例えば次のような研究が考えられます。

  • 音楽、画像、映像の類似性をどのように表現し、検索するか
  • マルチメディアデータから繰り返し現れる構造や特徴的なパターンを発見できるか
  • 同じ作品の異なる演奏・上演にはどのような違いがあるか
  • テキスト、画像、音声、映像を組み合わせてどのように分析するか
  • 大規模な文化コンテンツをどのように整理・検索するか
  • ダンスや舞台芸術に含まれる時間的なパターンを自動的に発見できるか
  • 生成AIを利用しながら、分析結果を元のデータへ追跡できる仕組みを作れるか

ここでの目的は、既存のAIモデルを文化データに単純に適用することではありません。そのデータの中に存在するデータ工学上の課題を見つけ、それを解決するための新しい表現方法、検索方法、分析手法、データ管理技術を研究することを重視しています。